空間内で「人がどのように動いているか」を把握することは、小売業の動線分析、工場の安全管理、オフィスの稼働率把握など、多くの分野で価値を持ちます。
従来はカメラや赤外線センサが主な手段でしたが、プライバシー配慮や設置コストの問題があり、より小型で低コスト、プライバシーにやさしい技術に注目が集まっています。
本記事では、BLE RSSI・RFID・BLE AoA(Angle of Arrival)という 3 つの技術を比較し、それぞれの特徴や向いている用途をまとめます。(BLE → Bluetooth Low Energy)
また、現在取り組んでいる BLE AoA を用いた位置推定実験の構成や今後の展望についても紹介します。
技術の概要と特徴
- BLE RSSI(受信強度による推定)
- BLE 通信の受信強度(RSSI: Received Signal Strength Indicator)を使い、電波強度の変化から距離を推定する方式。
- メリット
- 実装が簡単
- 汎用 BLE デバイスで利用可能
- コストが低い
- 消費電力も小さい
- デメリット
- 電波反射・遮蔽に弱く、誤差が大きい(±3〜10m)
- 障害物で RSSI が大きく変動する
- 位置推定というより「エリア推定」向き
- RFID(主にUHF帯)
- UHF 帯のパッシブ RFID タグとリーダを使って、人や物の通過や滞留を把握する方式。
- メリット
- タグが非常に安価(数十円)
- 電池不要で長寿命
- 読取距離は数m〜10m級
- 大量のタグを同時に読み取れる
- デメリット
- リーダーが高価
- アンテナ設置が難しい
- 位置の「精密測位」は困難(ゲート単位の検知が基本)
- 反射による不安定な読取もある
- BLE AoA(Angle of Arrival:到来角度)
- BLE の新機能「CTE(Constant Tone Extension)」を利用し、複数アンテナを持つ受信機で電波の到来角度を算出する技術。
近年実用化が進み、精度は 数十 cm レベル まで向上。 - メリット
- 位置推定の精度が高い(0.2〜1.0m)
- 既存 BLE と互換がある
- マルチパスの影響を補正しやすい
- カメラと異なりプライバシーに強い
- デメリット
- 受信機に AoA 対応アレイアンテナが必要(やや高価)
- 実装が複雑(CTE対応 FW、IQ サンプリング解析など)
- 計算量が大きいためローカルサーバ等が必要
- BLE の新機能「CTE(Constant Tone Extension)」を利用し、複数アンテナを持つ受信機で電波の到来角度を算出する技術。
リストにすると以下になります。
■ 各技術の概要比較

■ 精度・コスト・設置性の比較

現在取り組んでいる BLE AoA 実験
今回の実験では、以下のハードウェアを使用します。
- 受信側
- nRF52840 搭載 BLE マイコンボード(秋月電子)https://akizukidenshi.com/catalog/g/g117484/
- Silicon Labs BG22-RB4191A(16素子アレイアンテナ搭載 AoA 評価ボード)https://jp.silabs.com/development-tools/wireless/bluetooth/bg22-rb4191a-bg22-bluetooth-dual-polarized-antenna-array-radio-board?tab=overview
→ これが AoA を計算するための IQ サンプリングを受け持つ
- 送信側
- nRF52833 MDBT50Q-512K 評価ボード(MDBT50Q-DB-33)
http://ssci.to/6275
→ 人側に装着する Tag となる役割
- nRF52833 MDBT50Q-512K 評価ボード(MDBT50Q-DB-33)
実験の狙い
- CTE を用いて IQ データを取得
- アレイアンテナで到来角度を算出
- 人の動線がどの程度正確に追えるかを評価
- 実利用距離(5〜15m)でどれくらい誤差が出るか測定
- マルチパス環境でのロバスト性を検証
結果が良ければ、送信機側(人に装着する装置)を小型化し、量産コストの試算を行う予定。
想定される利用シーン
スーパーの買い物かごに送信機を取り付ける
- 不特定多数の来店客の動線を可視化
- 混雑状況(ヒートマップ)をリアルタイムに表示
- 商品棚の改善、導線設計の最適化に活用
- カメラ不要でプライバシーに配慮できる
工場従業員の位置把握・安全管理
- 各従業員に送信機を配布し、滞在エリアや動線を記録
- 危険区域への侵入アラート
- 作業効率の改善
- 個人を特定するため、より高精度な AoA が有効
まとめ
BLE RSSI、RFID、BLE AoA にはそれぞれ強みがあります。
特に AoA は、位置推定精度とプライバシー性のバランスが非常に良く、「動線の見える化」に最適なテクノロジーとして期待されています。
現在進めている AoA 実験を通して、実環境でどのレベルまで精度が出るかを検証し、十分な再現性が得られれば 送信機の小型化・量産コスト試算・実装システムの設計を進めていく予定です。

